やりたいことがなかった退職後
病院を辞めた直後の私は、
正直、次に何をしたいのかはっきり決まっていませんでした。
病院での仕事はしんどかった。
でも辞めたからといって、他にやりたいことがあったわけではない。
少し楽になった反面、
「じゃあこれからどうするの?」と
誰にも聞かれていないのに、自分に問い続けているような時間でした。
求人を探してみても、
「ここでずっと働けるか?」
「クリニックは病院と比べて給料が低い」
「美容は月収がいいけどボーナスないしインセンティブや人間関係大変そう」
など、心が惹かれないものばかりなような気がしました。
でも今考えれば当然です。
やりたいというより
「生活のために働かなくてはならない」
というネガティブな気持ちで求人票を見ていたのですから。
ふとした一言が、ずっと残った
そんな中、病院退職前の有給休暇期間に家でダラダラしていた時、
テレビの海外特集を見ていた姉に何気なく言われた一言があります。
「ワーホリとか行ってみたら?」
深い意味があったわけでもないと思います。
でも、その言葉がなぜかずっと頭から離れませんでした。
私はそれまでずっと海外に興味がありませんでした。
海外に行ったことも、英語が必要な場面になったこともない。
ワーキングホリデーという名前の制度も知りませんでした。
でもずっと、
「英語話せる人かっこいいな」という少しの憧れはありました。
日本に住んでいる限りは、いくらでも理由をつけて避けられる英語。
でも、病院を辞めて一度立ち止まったからこそ、
こんなことを考えるようになりました。
「英語を話したいと思った人生だった、と思いながら死にたくないな。」
ワーキングホリデーは「夢」じゃなく「選択肢」だった
ワーキングホリデーというと
- 夢がある人
- 若い頃から準備してきた人
- キラキラした人
- 英語を使ってしたい目標がある人
そんなイメージがあるかもしれません。
でも当時の私は、
夢を追いかけていたわけでも、
明確な目標があったわけでもありません。
ただ、
「このまま何も挑戦しない人生は嫌だ」
という気持ちだけは、はっきりしていました。
もしまた看護師として就職したら、何ヶ月・何年という休みは絶対に取れない。
だとしたら、今しかない。
そう思って、
ワーキングホリデーを現実的な「選択肢」として考え始めました。
コロナ禍。それでも「決める」ことはできた
当時はコロナ禍の真っ只中で、
海外渡航はかなり不透明な状況でした。
- いつ行けるかわからない
- 本当に行けるのかもわからない
- 情報も日々変わる
正直、不安要素だらけです。
でも私は、
「行けるようになったら考える」
ではなく、
「行く前提で準備する」
という選択をしました。
そこで、
- フィリピン短期留学
- オーストラリアのワーキングホリデー
を1年後に予約しました。
このとき利用したのはスマ留という留学エージェントです。
なぜエージェントを使ったのか
正直に言うと、
自力で全部調べて手配する自信がなかった、というのが一番の理由です。
当時の私は、
- 海外渡航経験ゼロ
- 英語力もほぼゼロ
- 海外に知り合いもいない
でした。
学校選び、ビザ、時期、費用、渡航タイミング。
自分でできることはなるべく自分でやって節約したいけど、
学校選びや最初の滞在先も自分で手配するのは海外初心者にはレベルが高すぎる、
と思いエージェントを使うことにしました。
スマ留を使ってよかったと感じたのは、
- 無料サポートでも十分安心できると思えたところ
- 手続きや流れを“まとめて”相談できたこと
- ゼロからではなく選択肢の中から選べたこと
- 海外経験のあるスタッフにワーキングホリデーの生の声を聞けたこと
- 何をお願いして何を自分でするかをある程度選べたところ
です。
留学先(行きたい国)と留学期間(学校へ通う期間)さえ決まれば、学校の料金は一律で決まっているので留学費用が明確にわかり、
費用も~表記になっていないところが単純明快で良かったです。
また別の記事で私がスマ留を選んだ理由、他エージェントとの比較も書いていきたいと思います。
決めてから始めた英語学習
私は英語ができるようになってから留学・ワーホリを決めたわけではありません。
むしろ逆で、決めてから勉強を始めました。
そうでなければ
「もう少ししてから」
「準備が整ったら」
と言い続けて、動き出さないと思ったからです。
この時期の私は、
- 失業保険を受給しながら
- 海外に行くまでの“つなぎ”で働ける仕事を探しながら
- 派遣、単発などをしながら
- 合間で英語の勉強をする
という、看護師としてはだいぶ不安定な生活をしていました。
でも、
「1年後には海外に行く」
という前提があったからこそ、
今やっていること全部が
「目標に向かう道のりの途中」として意味を持っていた気がします。
キャリアのため英語じゃなかった
ここは、はっきり書いておきたいのですが、
私は看護師としてキャリアアップするために英語を勉強したかったわけではありません。
看護留学で海外で看護助手として働きたいわけでも、
将来海外で看護師として働きたいわけでも、
日本で英語を使って看護師として働くことを考えていたわけでも、
英語の資格を取って履歴書を強くしたかったわけでもありませんでした。
ただ、
- 英語を話せたらかっこいいと思った
- このまま何もせずに年を重ねたくなかった
- 看護師以外の広い世界を見てみたかった
- 「やらなかった後悔」を残したくなかった
それだけです。
もちろん、結果的に英語はキャリアに活かすことはできるし、
それを目標にしてワーホリに行く人も本当に立派だと思います。
「こんな軽い動機で決めていいのだろうか」と思ったこともあります。
でも今振り返ると、
軽い動機でワーホリを決めたのもひとつの正解だったと思えるくらい
世界に出て得た経験や考え方は何にも変え難い貴重な経験となりました。
おわりに
病院を辞めたあとのワーキングホリデーは、
私にとって「この人生をどう生きたいか」を自分で選び直すための時間でした。
もし今、病院を辞めて
- 何をしたいかわからない
- でもこのままは嫌
- 一歩踏み出す勇気が出ない
そんな気持ちを抱えているなら、
- 規模の大小関係なく、やってみたかったこと
- 長期の休みがないとできないこと
- やらずに後悔して死ぬのは嫌だと思うこと
に思い切って挑戦してみるのもいいかもしれません。
人生一度きり、あなたの人生を変えられるのはあなただけです。
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