退職が決まってから、退職するまでの時間|看護師が“辞めると決めてから”過ごした3ヶ月【看護師リアル体験談】

ヤメ看体験談

※この記事は、前回の記事の続きです。

▶︎ 前回:労基に相談したら一変した|有給を取らせない師長が黙った日【看護師リアル体験談】

退職を伝えた、その後

前回の記事で書いた通り、

有給休暇は大バトルの末

労基の力を借りて勝ち取り、

師長と険悪な雰囲気になりながらも

6月末で退職することが決定。

師長に退職の意思を伝えたのは2月。

有給は約40日残っていたため、

最終出勤日は5月初旬となりました。

つまり、

2月から5月までの約3ヶ月間、

辞めることを知られた状態」で働いていたことになります。

退職の意思を伝えた直後は、

ホッとした気持ちがあったのも事実です。

でも同時に、

「ここからが、また気まずくてしんどい期間なんだろうな」

そんな予感もしていました。

実際、

半分正解で

半分間違いでした。

退職に向けた事務的な手続き

退職が決まると、

やるべきことは意外とたくさんあります。

  • 退職に必要な書類の提出
  • 業務の引き継ぎ
  • 手術室での担当業務の整理
  • 関係各所への挨拶

感情はどうであれ、

「仕事」としてやるべきことは、

最後まできちんとやろうと決めていました。

辞めると決めたからといって、

雑に働くつもりはありませんでした。

それまで積み重ねてきた自分の姿勢だけは、

最後まで守りたかったからです。

心のどこかで、

「休職したくせに、有給を使って辞めるなんて」

そう思われるのが怖かったのかもしれません。

だからこそ、

最後まで胸を張って働いていたかったのだと思います。

師長との関係は、最後まで変わらなかった

残念ながら、

師長との関係が良くなることは最後までありませんでした。

私に対する態度は相変わらずで、

機嫌の悪さや、棘のある接し方は続いていました。

正直に言えば、

信頼もなければ、好きでもない。

むしろ「大嫌いな人」でした。

ただ、幸いなことに私は、

好きな人に嫌われたら、ものすごく悲しい

でも、嫌いな人に嫌われても、正直どうでもいい

というタイプの人間です。

また、退職が決まっていたので

「顔を合わせるのもあと少し。

その後は一生関わらない他人だから。」

という退職決定後無敵状態に入っていたおかげで、

思っていたより心を消耗せずに済んでいました。

放射線室にばかり入るようになった違和感

退職が決まってから、

はっきりと「違和感」を覚える出来事がありました。

手術室には、

放射線を扱う血管撮影室(カテ室)があります。

リアルタイムのX線映像を使いながら

血管の手術を行う部屋です。

退職が決まった頃から、

私はその血管造影室に異常なほど多く入るようになりました。

今までこんなペースで入ったことはなく、

誰が見ても「明らかに多い」配置でした。

正直、

「これは嫌がらせなのかな?」

と思っていました。

被曝防止の鉛の防護服はとにかく重く、

1日中着ているとそれだけで疲れます。

被曝は最小限に抑えられているとはいえ、

リスクはあるため妊婦さんは入れません。

さらに、

血管外科の医師は病院で唯一怒鳴る医師で、

過去には私が呼吸が苦しくなるほど泣いたこともありました。

決して進んで入りたい手術室ではありませんでした。

相性の悪い医師、

そして放射線を扱う手術。

全てを知った上で師長が

精神的・身体的に負担をかけるため、

意図的に配置されているのではないか……

そう感じたのも無理はなかったと思います。

ただ、その部屋には、

  • 放射線業務手当として1日500円がつく
  • 比較的短時間の手術が多く、1日に複数件入る

という側面もありました。

なので私は、

「まあ、いいか」

と、深く考えないようにしました。

血管造影室にばかり入ることについて

同僚たちから心配されることもありました。

そのとき、私はこう答えていました。

「師長としては嫌がらせのつもりかもしれないけど、

私は私にできる精一杯を、真面目に、正しくやるだけです。

それが、私にできる師長への唯一の当てつけかなって。笑」

同僚たちが見ていてくれたもの

挨拶回りは、

1週間ほどかけて、休み時間にいろんな場所へ行きました。

手術室のメンバーだけでなく、

以前勤務していた病棟の師長やプリセプター、

外科・麻酔科の医師、

お世話になったクラークや看護助手の方々。

今振り返って思うのは、

これまでの私の働き方を

同僚たちはちゃんと見ていてくれていたということです。

辞めること・有給のことが知られても、

師長のように責められることも、

陰口を言われることもありませんでした。

それどころか、

「大変だったよね」

「今まで頑張ってくれてありがとう」

「師長に負けないで」

「立ち向かっていて立派だよ」

そんな言葉をかけてもらうことの方が多かったです。

不穏だったのは、

師長との関係と手術割りだけ。

それ以外の人間関係は驚くほど穏やかでした。

有給を取ったことで、返ってきた言葉

退職前に有給休暇をすべて取得することについて、

同僚たちにも知られていく中、

正直、どこかで批判される覚悟もしていました。

「空気を読まない」

「自分のことしか考えていない」

そんなふうに思われるかもしれない、と。

でも、返ってきた言葉は、まったく予想していないものでした。

「さっちゃんが有休消化してくれるおかげで、

私たちも辞める時の有休消化について師長に言いやすくなったよ。

ありがとう

その言葉を聞いたとき、胸がいっぱいになりました。

今までの看護師の慣習では、

師長の圧や職場の空気に負けて、

「有給は諦めるもの」

「辞めるなら我慢するもの」

そうやって飲み込んできた人が、きっとたくさんいたと思います。

私も、そうする選択はありました。

波風を立てずに、黙って辞めることもできました。

でも、

「今まで頑張ってきた看護師が、正当にもらった有給で休む」

その当たり前の権利を、圧に負けて捨てることはしたくなかった。

結果的に、

私が有給をきちんと取ったことで

少しでも後に続く人が取得しやすくなったのなら、

師長の圧に負けずに有給を勝ち取ったあの選択は間違っていなかったと、

心から思えました。

退職までの日々を振り返って

退職が決まってからの日々は

決して楽ではありませんでした。

でも、

  • 真面目に働いてきたこと
  • 努力してきたこと
  • 必死に頑張ってきたこと

それらは、

少なくとも一緒に働いてきた同僚には伝わっていた。

そう思えたことは、

私にとって大きな救いでした。

次の記事では、

いよいよ最終出勤日について書こうと思います。

▶︎次回:最終出勤日。嫌がらせと応援の中で迎えた、病院看護師としての最後の日【看護師リアル体験談】

コメント

タイトルとURLをコピーしました